宮本武蔵

中学校時代に読んだ本の中で一番感動したのがこの本です。学校の図書館で見つけ借りて読んだものです。表紙が布張りの豪華な製本だったことを覚えています。

どうしてこの本を読む気になったのかはわかりませんが、塚原卜伝とか伊藤一刀斎とかいう剣豪については興味があったので、そのひとつとして読み始めたのかもしれません。ただし、この武蔵の本はかなりの長編で、他の剣豪物とは一線を画していたことは間違いがありません。この長さにもかかわらず最後まで読み通したのは、それだけおもしろかったということです。

宮本武蔵という人は実在の人物で、戦国時代から江戸時代初期に剣の道をつきつめたという武芸者です。ただ剣の道を究めただけでなく、『五輪書』という人生観にも通じるような自伝書を書いていますし、水墨画も描き、芸術家としての力量も優れた人でした。

中学生というのは多感な時期で、精神的に不安定なときでした。どういう経緯でそうなったか覚えがありませんが、なぜか人生に無常を感じて、ちょっぴりとうつに入っていたことがありました。もっとも外見的にはそういうそぶりは見せず、友達といるときは明るくふるまっていました。人生に何らかの指針を求めていたときでしたから、ひたすら剣の道に邁進する武蔵の求道精神に感動しながらぐんぐん読みました。

この武蔵が作中で述べることばが『われ、ことにおいて後悔せず』です。これがわたしの座右の銘になっています。わたしは失敗ばかりしている人間で、間違いや失敗をすると、あれこれ悔やんで後を引く性格です。そんな自分だからこそ、このことばが心にぐっと刻みつけられたのだろうと思います。ただし、人間である以上失敗は避けられないので、後悔を完全になくすことはできないのですが、少なくとも「後悔をしないように生きよう」「後悔をしないようにじっくりと考えよう」「後悔をしないように全力でやろう」という気持ちだけは持ち続けようと思いました。あとで知りましたが、このことばは武蔵晩年の書『独行道』に書かれているものだそうです。

感銘したもうひとつは、その武蔵についていこうとするお通さんの姿です。これがむかしの女性の鑑のような存在で、あくまでも清く美しく、武蔵の修業の妨げにならないように、そばにいながら邪魔にならないようにして、表に出てくることはない女性です。わたしの理想の女性が形作られる過程でもっとも大きな影響を与えたのがこのお通でした。

今思えば古風で奥ゆかしくありながら、しんの強さはものすごい、こういう女性を強く求めていたような気がします。実際にはありもしない高潔な女性像を思い描いてしまったようです。その後大学時代につきあった女性から「○○(私の名)君は私を理想化して見過ぎだわ。」と言われてしまったことがありましたが、今思うと、それはこの小説のせいも大きいことでしょう。

その後、武蔵に関するいろいろな伝記を読むと、実際の武蔵はこの小説に書かれたような禁欲的で求道精神にあふれた人物ではなかったようです。吉川英治の武蔵像はとにかく、力強く、たくましく、かっこよく、あこがれる存在に仕立てられています。武蔵の実像とはかなり離れた創作の人物となっているということです。まあ、伝記ではないのでしかたのないことかもしれません

最近もう一度読み返してあらためて思ったことがあります。歴史上の実在人物がたくさん出てきますが、実際の行動とは大きく異なって、かなり自由に作りかえられて描写されています。沢庵や本阿弥光悦、柳生宗矩などは実際には武蔵とは会っていないのですが、そういった人たちとの出会いが武蔵を成長させるように描かれています。登場人物の名前と役職以外はほとんど創作と言ってよいでしょう。

そして、そういう人物があるときは実に都合よく出会ったり、あるときは実に運悪くすれちがったりしてはらはらどきどきさせたり、ほっとさせたりします。まるで世の中のほとんどは登場人物とその他少数しかいないような、あり得ない巡り合わせがこれでもかこれでもかと出てくるのです。連載小説として書かれているので、読者を引きつける展開を構成しているようです。

さらに、ストーリーの展開として無理があるところも数々あります。武蔵が吉岡一門との対決を約しておいて長い旅に出るところがありますが、この期間の長さは他の対決と比べると不可解です。本位田のおばばが突然改心する理由もあまりにも突然ですし、考えればいくつも挙げられます。最大の不思議は、武蔵が敵と対決する以外に修業や修練をする場面がまったくないことです。こんなことで強くなれるのか、道を求めるとは精神だけなのかと思ってしまいます。

ただそういう不合理な面を多くもちながら、エンターテイメントとして読者を引きつけつつ、人生について大いに考えさせ、わたしの人生に大きな影響を与えてくれた作品です。

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