チューリップのアップリケ

昭和45年(1970年)に岡林信康が歌ってヒットした曲です。

貧乏に耐えられなくて家を出ていった母を思い出して、小さな女の子がチューリップのアップリケを母に買ってほしいとうったえる歌です。じっくり歌詞を読むと、なんでお母ちゃんがお金のことでおじいちゃんから叱られたのかなど、ストーリーのわからない点がありますが、生活の苦しさがテーマにあるのは確かです。

その後いろいろな解説を読むと、被差別部落の問題を扱っているとのことでした。いわばタブーを扱っているということで一時は放送が自粛されてしまい、世間から消えていた時期があるという曲です。さいわいなことに現在ではタブーは解かれ、ここに挙げるようにユーチューブにも載ってきています。

どうしてチューリップのアップリケなのかは当時からわかりませんでした。何か隠れた意味があるのかなと思いましたが、今でもわかりません。特別な意味はないのかもしれません。「お父ちゃんもときどきこうてくれはるけど」とあるので、チューリップのアップリケのついた服をもう持っているのです。やはり何かを象徴しているのでしょうか。

ただ、被差別部落の問題はさておいて、わたしには心にジーンとくる歌です。この貧しい境遇に、自分のむかしを思い浮かべてしまうのです。

わたしは母子家庭に育ちました。この『チューリップのアップリケ』の女子の家と反対で、父が出て行ったのです。家は貧しく、親戚の援助がなければ生きていなかったような生活でした。母は朝から晩まで働き、ある時期には足りない生活費を夜のアルバイトで補うような生活をしていました。

子どものわたしはそんなことには無頓着で、学校で要る物、たとえばぞうきんを前日の夜になって「明日持ってくるように言われた」などと言い出して、母は夜なべをして作ってくれというようなことがありました。最後に寝て最初に起きる母でした。歌詞の「うちがなんぼはよ起きても」というフレーズに朝早くから起きて家事をしてくれていた母の姿を思い浮かべるのです。妹とわたしを育てるためにもがきながら生きてきた母でした。母には本当に世話をかけたものだと思います。

そんな母も3年前にガンで亡くなりました。今でも受けた恩を思いだし、もっと大事にしてあげればよかったと悔やむ日々です。今になって、あんなこともあった、こんなこともあったと、いろいろなことを思い出すたびにほろりとしてきます。

https://www.youtube.com/watch?v=B-JZ0JjbU4A

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