津軽海峡・冬景色

この曲はユーチューブで演歌系統を散策しているとしばしば出会う曲です。ずっとこのブログではとっくに挙げたと思っていたですが、最近になって過去の紹介曲のリストを見ていたら載っていないことに気づきました。われながらびっくりです。

石川さゆりの歌った歌の中では『天城越え』とならぶ2大ヒット曲だと思います。『天城越え』がレコード大賞受賞曲なので、世間的にはそちらのほうが上に見えますが、わたし個人の感覚では石川さゆりを大スターにした最大のヒット曲です。

この曲は昭和52年(1977年)に発売されました。これを歌ったとき石川は19歳ということでした。ちょうど山口百恵や桜田淳子、森昌子たちが全盛の時代で、こんな少女が本格的な演歌をこなすのかという驚きがありました。

しかも、熟成した演歌歌手のようにめちゃくちゃ歌がうまい。安定した音程で、ときおり絶唱といってもいいようにきれいに声を裏返らせて歌います。「泣きの○○」と言われて、泣きを歌に盛り込んで歌の叙情を表す歌手は多いのですが、わたしからすると石川さゆりはその最高峰です。

わたしのなかではこの泣きの部分があまりにも刷り込まれているので、今では「上野発の・・」と歌い出すと同時に目がうるっとしてきてしまいます。これほど歌と一体になっている曲はなかなかありません。そして、「あーあ あ」と嘆きの部分で涙がこぼれます。

詞もすばらしいものです。「上野発の夜行列車・・」と歌い出した瞬間、東京に住んでいた”私”が夜行列車に乗ってふるさとに帰るんだなあと予想させます。わたしの連想ではここで「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみのなかにそを聞きに行く」という石川啄木の詩を思い浮かべ、また同時に井沢八郎が歌った『あゝ上野駅』を思い浮かべます。

「北へ帰る人の群れは 誰も無口で」「海鳴りだけをきいている」と、寂しく悲しい情景が読み込まれ、冬景色の描写がにくいほどたくみです。

「こごえそうな鴎見つめ泣いていました」 ここまできてはじめて、主人公が悲しい結末を迎えているということがわかります。ただ、ここでは泣いているということだけで、恋人と別れてきたということは推測しかできません。

悲しい恋の別れで故郷に帰ろうとしている場面ということがわかるのは、この「さよならあなた 私は帰ります」この1行だけです。これまでの景色からつながるこの1行で主人公の心情をみごとに伝えていると思います。この曲の作詞は阿久悠だそうですが、さすが天才的な作詞家ですね。

そして、この曲名です。「津軽海峡・冬景色」なんて長ったらしいですね。初めて曲名を聞いたときその思いが先にたちました。「津軽海峡」だけでもよさそうですし「冬景色」でもよさそうです。しかし、この2つがいっしょになってこそ曲の中身が伝わると考えたのでしょうね。今ではこの曲名がピッタリと思えます。

映像は、昭和52年のFNS歌謡祭で優秀歌唱賞を獲得したときの映像です。今は堂々としたベテランになっていますが、当時はこんなに可愛かったんですね。

https://www.youtube.com/watch?v=JHAinNVcQW4

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