テーマ:フォークソング

悲しみは駆け足でやってくる

昭和44年(1969年)にアン真理子が歌ってヒットした曲です。「アン真理子」のごろが「あんまりな子」というように読め、あんまりにも悲しい子という連想ができていたのを覚えています。どういう意図でつけられた芸名なんでしょう。 アン真理子の声はぼそぼそとつぶやくようで、幽霊がうらめしそうに出てくるような声です。限りなく頼りなく、とてつも…
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ひまわりの小径

「恋は風船みたい だからこわさないでね」 新城のコスモスの小径に行ってきたら、帰りにこの曲の歌詞とメロディ曲が突然浮かんできました。曲名が出てこないので、なんていう曲だったっけと思って、ネットで歌詞から調べて見たら「ひまわりの小径」でした。コスモスとひまわり違いですが、深層意識で連想がはたらいていたのかと不思議な気持ちになりました。 …
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君について行こう

昭和41年(1966年)にカレッジ・フォークのザ・シャデラックスが歌ってヒットした曲だそうです。「だそうです」と伝聞調に書いたのは、いつごろ初めて聞いたのかまったく覚えがないからです。わたしは、この年中学校3年だったはずですが、このころフォークに興味は持っていなかったので、もっとあとで気に入ったのでしょう。 おそらくそれは高校時代…
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ボクサー

昭和44年(1969年)にサイモンとガーファンクルが歌ってヒットした曲です。わたしは高校生でしたが、深夜勉強するでもなく、とりたててすることもなく、眠れない夜をラジオで音楽を聴いて過ごしていました。『サウンド・オブ・サイレンス』と同じように、やはり夜の静けさの中に美しいギター伴奏が響いてきていました。その一方で、波が岸壁にあたって砕け散…
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花のサンフランシスコ

昭和42年(1967年)にスコット・マッケンジーが歌ったフォークソングです。この年はわたしが高校に入学した年で、わたしは青春のまっただ中にいました。まだ世の中のことは何も知らず、ただ明るい未来ばかり夢見ていたような時代でした。曲名といい曲調といい、サンフランシスコのすばらしさを歌っているように思い、明るい青春とリンクしているような曲でし…
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青春の光と影

青春ということばには、若さにあふれ活動的で明るいイメージがあります。しかし、青春は明るいばかりではなく、むしろ苦しいことの方が多いのではないでしょうか。森田公一の『青春時代』もそういう青春をうまく表現していると思います。 そして、ジュディ・コリンズの歌ったこの曲も、青春の二面性を的確に表現した曲名だったと思います。当時、歌詞の意味…
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冬が来る前に

「紙ふうせん」は伝説のフォークグループ「赤い鳥」が解散したあと、メンバーの2人で結成されたグループです。「赤い鳥」はもともとポップスからフォーク、民謡と幅広いジャンルをレパトリーにしていました。これは異なった志向を持つ個々のメンバーが互いに違いを尊重しつつ、それぞれの得意分野を生かして曲作りをしていたからだろうと思います。しかし、この志…
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「いちご白書」をもう一度

この曲はフォークグループ・バンバンが昭和50年(1975年)に歌い、かなりヒットしました。学生運動に荒れた時代に続くころの学生の心情をうまくとらえた曲として、強く心に残っています。 長ったらしい曲名で最近の人には意味不明でしょう。解説しますと、曲名に入っている『いちご白書』は学園紛争を題材にしたアメリカ映画です。昭和45年(197…
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時には母のない子のように

カルメン・マキが昭和44年(1969年)に歌って大ヒットさせた曲です。フォークソングの分野に入るものと思われますが、ゆったりと流れる無常観がたまらなく心に突き刺さってきたものでした。 この曲が寺山修司作詞であることは当時から知っていたと思いますが、このころは詩人という存在にうさんくさいものを感じていたので、だからどうなんだというと…
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孤独の旅路

この曲はもともとニール・ヤングが歌って大ヒットさせた昭和47年(1972年)の曲です。全米ナンバー1になっています。しかし、わたしはボニーMのこの曲を聴くまで、それは知りませんでした。「こんなにすばらしい曲があったのか!」と驚きました。 編曲はボニーMの歌唱力の高さ、とりわけリードボーカルのリズ・ミッチェルの歌声のすばらしさを際立…
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れんげ草

昔の田んぼでは春になるとレンゲが一面に咲き乱れる風景がよく見られました。レンゲの花を摘んで首飾りを作る光景も今では見ることはなかなかありません。レンゲの中を春風とともに走り抜けることもなくなりました。 ビリー・バンバンは兄弟デュオで、昭和47年(1969年)に『白いブランコ』でデビューし、甘い歌声と絶妙なハーモニーで大ヒットしまし…
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竹田の子守歌

赤い鳥は昭和44年(1969年)に結成された男性3人、女性2人の5人組のフォーク・グループでした。グループとしての活動はわずか4年間でしたが、美しいハーモニーで絶大な人気を持ったグループでした。 彼らの曲を初めて聴いたのがいつなのか、いまとなっては定かでありません。大学に入ってしばらくしたころと思いますが、今は亡き友だちに赤い鳥の…
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太陽がくれた季節

昭和47年(1972年)テレビ番組『飛び出せ!青春』の主題歌として使われて大ヒットしました。番組自体も当時はやった学園青春ドラマの流れのひとつで、こちらも人気がありました。ただ、わたしはもう、青春物がわざとらしく思えるような年齢になっていたのと、主役の村野武範の熱血をうざく感じていたので、テレビを見ることはあまりありませんでした。 …
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知床旅情

森繁久弥が昭和35年(1960年)に作詞作曲した曲で、はじめは『さらば羅臼よ』という曲名だったそうです。今でこそ日本の叙情を歌う永遠の名曲となっていて、いろいろな場面でよく聞かれ、ずいぶんと古くからあるような感じがしていますが、大ヒットしたのは加藤登紀子が昭和40年(1970年)に歌ってからで、多くに知られたのは結構新しいのです。 …
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万里の河

昭和55年(1980年)のチャゲ&飛鳥の大ヒット曲です。わたしはこの曲でチャゲ&飛鳥を知りました。曲名やグループ名にアルファベットを使いたくないので、"&"は"アンド"と仮名にしたいところですが、どうにもすわりが悪いのでしかたなく"&"を使います。ただし、現在は彼らは「CHAGE&ASKA」となっています。 はじめて聞いたとき、曲…
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イムジン河

『イムジン河』はザ・フォーク・クルセダーズが昭和43年(1968年)に歌って、結構な人気を得ながらも発売自粛になった曲です。わたしは当時高校生でフォークソングにかなり興味をもっていましたが、レコードやテレビではおそらく聴いていませんでした。ただしラジオでは聴いていたかも知れません。 ザ・フォーク・クルーセダーズは『帰ってきたヨッパ…
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遙かなるアラモ

映画『遙かなるアラモ』の主題歌としてブラザース・フォアが歌ってヒットしました。この映画のアラモの戦いは実際にあった戦闘で、1836年に行われたメキシコとテキサス独立派との戦いです。 この戦いでは、アラモ砦に立てこもったテキサス独立派がメキシコ軍によって全滅させられてしまいます。しかし、こののちテキサスは独立し、まもなくアメリカ合衆…
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北京の55日

『北京の55日』は昭和38年(1963年)に公開された映画です。中国で1900年に起こった義和団の乱での争乱を映画化したものでした。当時わたしはまだ小学生でポスターを見た覚えがありましたが、映画は見ていません。動乱の時代を描いた映画でしたからおそらく戦闘場面もあって勇ましい映画だと思っていました。ただし、今でもくわしい内容は知りません。…
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小さな街のプラタナス

小椋佳は昭和46年(1971年)デビューのシンガーソングライターです。ジャンルを越えたさまざまな曲をつくっていますが、叙情的な歌詞、歌いやすく耳に心地よいメロディーをつくるところによさがあると思います。そして、その歌を響きのある美しい声で軽々と口ずさむように歌い、聴く者の耳にやわらかく呼びかけてきました。華やかな大ヒットはないようですが…
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旅人よ

この曲は、昭和41年(1966年)に『夜空を仰いで』のB面として出されました。当然この『旅人』は当初それほど注目を集めなかったようで、テレビの新曲紹介なども見た覚えがありません。そんなわけで、この曲を初めて聞いたのがいつか思い出せませんが、演歌のように年月をかけてじわじわと広がっていったような感じです。 加山雄三は弾厚作のペンネー…
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遠い世界に

昭和44年(1969年)というとわたしは高校時代でした。フォークソングが全盛でみんながギターをかき鳴らしたいと思った時代でした。わたしはフォークギターにはそれほど熱中せず、映画音楽やギターの小品からギターに入りましたが、いくつかの曲はぜひギターで演奏してみたいと思いました。そのひとつがこの曲で、一世を風靡したフォークソングでした。 …
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秋止符

昭和54年(1979年)のアリスの曲です。ネット上には横山みゆきという歌手のものも載っていて、ウィキペディアにはアリスが歌ったものよりもこちらが先行して発表されたと書かれていますが、わたしは横山みゆきの歌を知りませんでした。なぜかな。 ウィキペディアでは「別れた恋人を思い続けている女性の切ない感じが歌われている。」と書かれています…
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若者たち

昭和41年(1966年)ザ・ブロードサイド・フォーが歌ったフォークソングです。『若者たち』という同名のテレビドラマの主題歌として大ヒットしました。わたし自身はテレビの『若者たち』は見ていませんが、曲自体は若者の心を惹きつける内容をもった曲でした。 「君のゆく道は果てしなく遠い」 わたしが若いころ、未来は果てしなく続くような気でい…
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小さな日記

昭和43年(1968年)にフォー・セインツがヒットさせたフォークソングです。このころのフォークソングはカレッジ・フォークとよばれ、美しいメロディとハーモニー、詩情豊かな詞が身上でした。フォー・セインツはそのなかの中心的な存在で、きれいなハーモニーで歌うことで定評がありました。 わたしはちょうど高校生で、フォークソングに強い興味を持…
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悲しくてやりきれない

昭和43年(1968年)のフォーク・クルセダーズの曲です。フォーク・クルセダーズは『帰ってきたヨッパライ』が爆発的な人気を得ました。この曲はいろいろな編集テクニックを駆使して、コミックソングとしてたいへんおもしろいものでしたが、一発屋で終わりそうな気がしていました。ところが、同時に『イムジン河』も流れていて、マルチ・タレントなグループだ…
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ジョニーと戦争

『ジョニーは戦場に行った』というタイトルの映画があります。原題は『Johnny Got His Gun』ですから『虹と共に消えた恋』の原題の『Gone the rainbow 』とは違いますが、たまたま邦題は同じになっています。そして、どちらも反戦的な内容です。映画のほうは戦争の残酷さを生々しく訴える映画で、あまりにも悲惨で恐ろしいので…
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虹と共に消えた恋2

『虹と共に消えた恋』の続きです。この曲が有名になるまでにさまざまな変遷があったようです。ユーチューブで関連のある映像をいくつか捜してみました。聴き比べてみてください。 ケルティック・ウーマン 『シュール・ア・ルン』 アイルランドというとケルト。ケルティック・ウーマンが演奏すると、フォークとは思えない厳粛さが表れます。 …
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虹と共に消えた恋

以前『雨に消えた初恋』について調べていたとき、急に「シュー・シュー・シュラルー」という歌詞が浮かんできました。しかし、曲名とつながりません。「おそらく曲が似ていたか曲名が似ていたかのどちらかだろうけど・・」 なぜなんだろうと、いろいろ捜してやっとのことで『虹と共に消えた恋』に突き当たりました。「雨」と「虹」が意味的に関係があるほか…
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結婚するって本当ですか

ダ・カーポの昭和49年(1974年)のヒット曲です。ダ・カーポはフォークというジャンルとされますが、童謡を歌ったり、アニメの主題歌を歌うなど幅広く活躍しています。もともと男女2人のデュオでしたが、やがて結婚し、今では娘も加えて3人で活動しているそうです。榊原広子の声がとてもきれいで透きとおるようで、これに男声が軽く低音を支えて見事なハー…
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サウンド・オブ・サイレンス

『サウンド・オブ・サイレンス』は昭和40年(1965年)に発売され、日本では翌年売り出されたようです。この曲を初めて聴いたのはおそらくラジオの深夜番組でわたしが高校生のころです。夜も深まったころ、静かな中にもきらめくようなギターの音色に乗せてささやくようなつぶやくようなメロディーが聞こえてきました。この曲はフォークソングの部類に入ります…
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