テーマ:フォークソング

吾亦紅

吾亦紅(ワレモコウ)というのはバラ科の野草で、秋になると実と間違えるようなくすんだ赤い花をつけます。2,30年前までは畑の脇などで見かけたものですが、今では平地で見ることは少なくなりました。それでもときどき山裾などで群らがっているのを見かけます。地味ではありますが秋の風情を感じさせる花で、わたしの大好きな花です。 吾亦紅と書いてワ…
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何のために

フォーク・クルセダーズは『帰ってきたヨッパライ』のようないい加減なコミカル・ソングから『悲しくてやりきれない』などのようなまじめな曲までかなり幅の広い範囲をカバーしたグループでした。 当時音楽界の話題を集めまくったような人気に、それなりに長く続いたグループのようにあとから刷り込んでいましたが、プロとしての活動期間はわずか1年でした…
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愛はかげろう

かげろうというのは「陽炎」と書きます。太陽の照りつけで暑くなった路面から立ち上るもやのようなものがかげろうです。ゆらゆらと定まることのないそのゆらぎから、はかないもののたとえに使われますが、暑い夏にはずっとかげろうが見えることもあり、はかなさは感じられません。 そのかげろうから昆虫の名につけられたのが「カゲロウ」です。(漢字では「…
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わかれうた

昭和52年(1977年)に中島みゆきが歌ってヒットした曲です。歌詞は支離滅裂で、文法的にもへんなところがありますが、別れる女の気持ちをよく表していて、わたしが大好きな曲です。 例を挙げると、「人ごとに言うほど たそがれは 優しい人好しじゃありません」なんて、なぜ人ごとなのか、たそがれが人好しってどういうこと?と疑問だらけです。 …
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真夜中のギター

千賀かほるが昭和44年(1969年)に歌ってヒットした曲です。千賀かほるについてはいくつか勘違いしていたことがあります。 第1に、千賀はフォーク歌手だと思っていたことです。曲のイメージがフォーク調なのでてっきり思い込んでいたのでしょう。ところが調べてみると、ウィキペディアには「日本歌劇学校を経てOSK日本歌劇団に入団した」と書かれ…
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白いブランコ

再び取りあげます。 ブランコは公園にはなくてはならない遊具で、どこの公園に行ってもまずブランコがあります。小さい子どものころはおもしろがって大きく漕いだものですが、少し大人になったら漕げば漕ぐほど目が回るようになってしまって、いまではブランコに腰掛けることすらなくなってきました。 ビリーバンバンというグループは以前に『れんげ…
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サボテンの花

テレビドラマ『ひとつ屋根の下』の主題歌としてヒットした曲です。もともと昭和50年(1975年)にフォーク・グループのチューリップが歌った曲ですが、平成5年(1993年)にテレビドラマの主題歌としてヒットしたものです。なんとそれが18年後です。すごい年月がかかっているんですね。 逆にいうとテレビの主題歌として使われるまではそれほど脚…
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500マイル

ピーター・ポール&マリーが歌ってヒットしたフォークソングの名曲です。おそらくわたしが初めて聴いたのは高校のころで、ブラザース・フォーの歌ったものです。わかりやすい歌詞だったので意味は多少わかりました。友だちと別れ500マイル離れたところへ旅立つ惜別の心を歌ったものです。 これは最近知ったのですが、これを作詞作曲したのはへディ・ウェ…
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ドナ・ドナ

フォーク・シンガーのショーン・バエズが1961年(昭和36年)に歌ってヒットしたもので、フォークソングのスタンダード・ナンバーと言える曲です。 アルペジオでの伴奏が簡単なのとメロディのわかりやすさで、フォークソングの入門者用のような曲になっていました。フォークをやり始めた若者がよく弾いていたように思います。特にアルペジオでAmを1…
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恋人もいないのに

昭和46年(1971年)発表のフォークソングで、女性デュオのシモンズが歌いました。わたしは大学2年生でした。恋人はいたのかいなかったのか定かではありません。いやつきあい始めた子がいたところかな?すでに遠い昔のことで記憶がどんどん薄れてしまっていますが、わたしと同じ境遇だと思ったことがあるような気がします。 とにかくシモンズはきれい…
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チューリップのアップリケ

昭和45年(1970年)に岡林信康が歌ってヒットした曲です。 貧乏に耐えられなくて家を出ていった母を思い出して、小さな女の子がチューリップのアップリケを母に買ってほしいとうったえる歌です。じっくり歌詞を読むと、なんでお母ちゃんがお金のことでおじいちゃんから叱られたのかなど、ストーリーのわからない点がありますが、生活の苦しさがテーマ…
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白いブランコ

ビリーバンバンが昭和44年(1969年)にデビュー曲として歌ってヒットさせた曲です。ビリーバンバンは菅原孝、進の2人兄弟によるフォーク・バンドです。それぞれ響きのあるよい声をしているのですが、兄弟ということで声の質が似ているせいか、たいへんきれいなハーモニーを奏でます。 ふつうブランコというと子どもの遊具という印象しかありませんか…
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時代

昭和50年(1975年)に発売された中島みゆき作詩作曲の歌です。中島みゆきはこのあと『わかれうた』や『地上の星』などのヒットを飛ばしていますが、わたしの記憶では中島みゆきを初めて知ったのはこの曲でした。 「回る回るよ時代は回る」という歌詞がとても気に入っています。人生には楽しいことも悲しいことも苦しいこともたくさんあり、人はそれに…
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季節の中で

松山千春が昭和53年(1978年)に歌った曲で、大ヒットしました。わたしはこの曲で松山千春を知ったので、デビュー曲のように思っていました。しかし、前にも別の曲を出していて、すでに「オールナイト・ニッポン」に出ていたことを知ったのは少しあとでした。 この年わたしは半ばプー太郎の生活をしていて、春先に勤めていた会社を完全に辞め、アパー…
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さよならをするために

ビリーバンバンの昭和47年(1972年)の作品です。ソフトな感じで別れを歌った名曲だと思っています。 ビリーバンバンは『白いブランコ』で昭和44年(1969年)にデビューした兄弟デュオです。菅原孝と菅原進の2人で、いずれもやわらかい声の持ち主で、無理なく声を出し、兄弟ならではの美しいハーモニーを出すことで定評がありました。 …
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赤色エレジー

昭和47年(1972年)に、シンガー・ソング・ライターのあがた森魚が発表した曲です。もともと雑誌『ガロ』に連載されていたマンガ『赤色エレジー』の世界に触発されて作った曲だそうです。大正ロマンを思い起こさせる曲調ですが、歌詞では昭和初期のできごとになっています。わたしには大正も昭和初期もそんなに変わりはありませんけどね。 当時へんて…
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風に吹かれて

ボブ・ディランが1963年(昭和38年)に発表した曲です。この年は東京オリンピックの1年前で、日本中が明るい未来に向けてつき進んでいたころでしょうか。わたしはまだ小学生でした。しかし、わたしがこの曲を知ったのはもっとあとです。ひょっとしたら聞いたことはあったけれども、当時は興味がなかっただけなのかもしれません。かすかな覚えでは、おそらく…
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初恋

昭和58年(1983年)に発売された曲で、シンガーソングライターの村下孝蔵が歌いました。今思い出しても、そんな歌手いたっけ、というくらい印象の薄い歌手ですが、「好きだよと 言えず 初恋は 振り子細工の心」のサビの部分はたいへんすてきで、むしろこの部分だけ覚えているという曲です。 だれにでも初恋はあったはずです。恋とも何ともわからな…
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わたしは泣いています

シンガーソングライターのりりィが昭和49年(1974年)に作って歌い、ヒットさせた曲です。一番気をひいたのは、あまりにも単刀直入な曲名です。まるでせりふのようで、結果的に「なんで泣いてるの?」といきなり疑問を持たせて興味をひくしかけになっていると思います。 「わたしは泣いています ベッドの上で」です。なぜベッドの上かはわかりません…
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20歳のめぐり逢い

昭和50年(1975年)にシグナルというフォークグループが歌った曲です。シグナルというグループ名には聞き覚えがありませんでしたが、曲自体はよくきいた覚えがあり、わたしにとって青春時代を思い出させてくれる名曲となっています。 この曲に惹かれたのはおそらく次の歌詞なんでしょう。 「命をかけた恋に破れて」とか「手首の傷は消えないけれど…
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白い冬

少し前にも書きましたが、昭和49年(1974年)わたしは大学生活5年目に入りました。他の同級生が卒業していくなか、わたしだけ(他にもいたが、つきあいの深かった者はみんな卒業してしまっていた。)大学に残ってしまいました。当時は寂しく思っていたわけではなかったような気がしますが、今思うとわびしい日々でした。いったい何をして日々を過ごしていた…
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卒業写真

病気のため、ひと月ほどブログの投稿ができませんでした。やっと回復したので再開します。 わたしは昭和50年(1975年)に大学を卒業しましたが、最終学年で留年したので、いっしょに大学生活を過ごした友人たちは前年に卒業していました。楽しいことよりも苦しいことのほうが多かった大学生活でしたが、青春のまっただ中にいて貴重な体験をいっぱいし…
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真夜中のギター

昭和44年はわたしは高校2年でした。まだ大学に進むかどうかもはっきりしないころで、真剣に勉強をしていたわけではないけれど、夜更かしは一丁前にしていました。まだ、自動車が夜中も走るまくるような時代ではなく、県道に面した我が家の家でも、ときおり車が通るくらいのことでした。 この曲はそんな昭和44年(1969年)の作品です。千賀かほるの…
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池上線

西島三重子はわたしより1歳上のシンガーソングライターです。若いころのジャケットの写真を見ると、平凡そうながら結構かわいらしいお嬢様です。しかし、わたしは最近までこの歌手の名を知りませんでした。この『池上線』という曲名もいつ知ったか覚えていません。ネット散策をしていて出会ったのかな。つい最近のことかもしれません。 それほど印象の薄か…
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何故に二人はここに

昭和44年(1969年)にKとブルンネンが歌った曲です。作詞が山上路夫、作曲が鈴木邦彦ですから、ヒット・メーカーの作った曲です。わたしはフォーク・ソングというカテゴリーでとらえていたように思いますが、ポップスというくくりになるのかもしれません。 ネットで調べてみたら次のページに紹介が載っていました。 http://blog.…
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翼をください

久しぶりのブログ更新です。母が亡くなった直後のブログを最後に3か月も空けてしまいましたが、あれやこれやばたばたと片付けをしているうちに、転居まですることになって、じっくりとユーチューブを散策して文章に記すだけの心のゆとりが失われていました。 いよいよ明日転居というときを迎えて、「はばたく」というイメージが妙に心にからみついてしまい…
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花はどこに行った

ピート・シーガーが亡くなりました。94才だったとのことです。反戦フォーク歌手ということで一時代を築いた人物でした。 この曲は彼の代表作として有名です。作曲されたのは昭和31年(1955年)とずいぶん前のことですが、実際にヒットしたのは昭和39年(1964年)にキングストン・トリオが歌ってからで、さらにピーター・ポール&マリーがその…
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夕暮れ時はさびしそう

昭和49年(1974年)にNSPというグループが歌ったフォークソングです。NSPはニュー・サディスティック・ピンクの頭文字をとったものだそうで、「またどうしてこんな名前なの?」という命名ですが、曲の内容とグループ名のミスマッチでインパクトは多少あったようです。 この曲を聴くと、ある友だちの家に遊びに行った帰り、夕日を浴びて寂しさを…
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遠くで汽笛を聞きながら

わたしは大学を出てしばらくはアパート住まいをしていましたが、8年くらいしてもともと住んでいた故郷へ帰ってきて、それ以来ずっと同じ住所です。大学時代までは夜遠くで列車の通る音が聞こえてきましたが、今ではまったく聞こえてきません。列車の音が静かになったのか、それとも世の中がやかましくなったのか、おそらく後者でしょう。 この曲はアリスの…
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ヨバノ・ヨバンケ

『ヨバノ・ヨバンケ』はマケドニアのフォークソングで、マケドニアだけでなくブルガリアやセルビアなどでもポピュラーな音楽となっているようです。フォークダンスにもなっているということで、フォークダンスの映像もユーチューブには載っています。 ヨバノというのは女の子の名前で、ヨバンケはその愛称のようなもののようです。親の反対のために会えない…
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