テーマ:ポップス

硝子の少年

明るかったのか暗かったのか、楽しかったのか苦しかったのか、人それぞれですが、だれにでも若々しい少年時代がありました。今になってみると、甘酸っぱい思い出が懐かしくよみがえるのですが、当時はそれこそ針のむしろに座っているような心持ちで日々を過ごしていたこともあったのです。その多感な少年の心のもろさを硝子の壊れやすさで表現したのでしょう、かな…
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ラストダンスは私に

アメリカのドリフターズが1960年(昭和35年)に歌ってヒットした曲です。越路吹雪が翌年にカバーしてこれもだいぶヒットしました。 ドリフターズというと日本のコミカル音楽バンドのドリフターズが有名で、むしろアメリカのドリフターズはあまり知られていませんが、この日本のドリフターズの芸名の由来はアメリカのドリフターズのようで、あちらが本…
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ウォント・ビー・ロング

洋楽を聴いていると 「アイ・ヤー・ヤー・ヤー」と似たフレーズのかけ声が入る曲というのがいくつもあって、何か意味があるのかと思っていますが、つかめないままでいます。単なるかけ声だから意味はないと言ってしまえばそうなのかもしれませんが、気になります。 この曲はバブルガム・ブラザーズが歌った曲で、平成2年(1990年)の曲ですから、もう…
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グッド・ヴァイブレーション

ビーチボーイズの1966年(昭和41年)の作品です。ビーチボーイズは1963年(昭和38年)に『サーフィンUSA』を大ヒットさせ、サーフィンに興じる若者たちのようすを歌って人気を得ました。ビーチボーイズの名を聞くだけで、明るい太陽と砂浜、押し寄せる波を思い描くほどになりました。なにせ「ビーチ」の少年たちですからね。 ビーチボーイズ…
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ロリポップ

音が一部かぶっているのでロリコンということばを思い出してしまいますが、ロリコンはロリータ・コンプレックスの略です。わたしはロリータというのは少女を指すことばだとばかり思っていましたが、実はロリータには少女という意味はなく、『ロリータ』という小説に登場する少女の愛称がロリータなので、こういう少女を好きになる性向をロリータ・コンプレックスと…
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九月の雨

太田裕美が昭和52年(1977年)に歌ってヒットした曲です。『木綿のハンカチーフ』がヒットして2年後になります。『木綿のハンカチーフ』では、太田裕美のきれいな声が気に入りましたが、ちょっと舌っ足らずで甘えたような声質なので、アイドル的なかわいい女の子風の歌がお似合いだと思っていました。そこにこの曲です。 この曲では甘えたような声は…
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最後のダンス

フランスのインディラという女性歌手が歌っています。インディラについては日本ではほとんど紹介されていないのですが、フランスではかなり人気があるようです。顔立ちがヨーロッパ的とは思えません。インディラという名からするとインド系の血が混じっているかも知れません。 きれいな声でかなり頻繁に裏返ったような声で歌います。なげいているのか、うめ…
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ウォンテッド

昭和54年(1979年)にはやったディスコ・ナンバーです。日本のピンク・レディーが『ウォンテッド』を歌って大ヒットしたのが昭和51年(1976年)ですから、それから3年後です。当時の印象として「また同じ名の曲がでてきた。よくもまあ同じ曲名で出すものだなあ」と思いました。 ドゥーリーズは、ドゥーリーという6人の兄妹が中心になったグル…
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チューチュー・トレイン

エグザイルがこの曲を歌ってヒットさせたとき、どこかで聞いた覚えがあると思いました。「トレイン」繋がりと曲調で、アメリカのダンス番組『ソウル・トレイン』で使われた曲のカバーかと思ましたが、完全な間違いでした。このズーの歌ったものを聞いていたようです。平成3年(1991年)にJR東日本のCMとして作られ放映されたようですから、そのときに聞い…
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デライラ

トム・ジョーンズを初めて知ってたちまち気に入ってしまったのは、たしか高校生のころでした。テレビで「トム・ジョーンズ・ショー」を見ていたのだと思います。 この曲はトム・ジョーンズが1968(昭和43年)に歌った曲です。劇的な曲調とトム・ジョーンズの歌唱力で大ヒットしました。パワフルな歌唱、ソウルフルな歌声ということばは、この人のため…
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ヤングマン(Y.M.C.A)

『Y.M.C.A』は以前ビレッジ・ピーブルを主にして紹介したのですが、西城秀樹が突然亡くなったので、西城秀樹を主にして再度取り上げます。西城秀樹は63才だったそうです。わたしより若いので、大きな衝撃でした。まだまだ活躍できたはずで大変残念です。 なんにしても一世を風靡した歌手でした。あのパワフルな歌唱とプレスリー張りの衣装、ステー…
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イフ・アイ・クッド・ターン・バック・タイム

1989年(平成元年)にシェールが歌ってそのPVの奇抜さで度肝を抜いた曲です。 戦艦をステージに歌うという前代未聞の演出です。しかもシェールはものすごいTバックのいでたちです。海軍にどのように話を持ちかけたのかわかりませんが、よくぞアメリカ海軍はこんな撮影を許したものです。こういうところにアメリカの自由な雰囲気を感じます。日本で自…
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悲しき街角

1961年(昭和36年)にデル・シャノンが歌ってヒットした曲で、日本でも飯田久彦などがカバーしていたようです。原題は『Run Away』ですから、「逃亡」ということです。どこから『悲しき街角』という邦題を思いついたんでしょうね。イメージはまったく違いますが、むしろ日本人的にはこちらがよかったのでしょう。 デル・シャノンのがなり声と…
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夢見るジョー

ヴァネッサ・パラディはフランスの歌手です。1987年(昭和62年)に15歳のときこの曲でデビューしました。声だけ聞くと小さな子が歌っているような、舌足らずの発音で大人気となったようです。 声はかわいいですが、私には顔はそれほどかわいいと思えません。国民性の違いでしょうか。ただし、次の映像でもわかるように、腰をくねくねとくねらせる動…
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恋のハッピーデート

ノーランズというのは、イギリスの女性ポップス・グループで、1980年(昭和55年)ごろ立て続けにヒットを飛ばしました。1979年(昭和54年)の『ダンシング・シスター』を皮切りに、翌年この『恋のハッピーデート』、そしてさらに翌々年『セクシー・ミュージック』などをヒットさせてます。 このグループはノーランという姓の姉妹がグループを組…
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月影のナポリ

イタリアの歌手ミーナの『砂に消えた涙』を見つけたとき、同時にミーナがこの『月影のナポリ』を歌っていることを知りました。しかし、わたしの頭にはミーナが歌ったものはまったく記憶になく、森山加代子が歌ったことだけが強烈に残っています。 この曲は昭和35年(1960年)にミーナが歌ってすぐ、森山加代子とザ・ピーナッツがカバーしました。森山…
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シェリーに口づけ

昭和46年(1971年)にフランスのミッシェル・ポルナレフが歌ってヒットさせた曲です。ミッシェル・ポルナレフの顔かたちはレコード・ジャケットで見ていたようで、色つきの大きなサングラスをかけ、赤毛の長い髪型をしていたので、ちょっといかれた感じで目立っていました。甲高いで「トゥ・トゥ・トゥマ・シェリー」(と当時は聞こえた)と軽快に歌い、わた…
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砂に消えた涙

1964年(昭和39年)にイタリアのミーナが歌ってヒットした曲です。このころイタリアの歌や映画がはやりました。歌ではジリオラ・チンクエッティが有名で次々とよい作品を出していましたが、他の多くは(日本では)一発出して終わっていたような感じでした。ミーナもそのひとりで、この曲しか知りません。 夢の中にいるような曲調とミーナというかわい…
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夢見るシャンソン人形

フランス・ギャルが1965年(昭和40年)に歌ってヒットした曲です。フランス・ギャルはルクセンブルグ代表として第10回ユーロビジョンコンテストでこの曲を歌って優勝したそうです。フランス・ギャル自身はフランス人のようなので、どうしてルクセンブルク代表なのかよくわかりませんが。 このころはアラン・ドロンの映画『太陽がいっぱい』が大ヒッ…
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ミヨチャン

平尾昌晃が亡くなりました。享年79歳ということで、平均寿命の延びた今の時代ではやや早世と言っていいでしょう。言わずと知れた大作曲家で、歌謡曲、ポップス、演歌、アニメソング、ドラマ主題曲などその作品はジャンルを問わず広がっているので、追悼する歌を選ぼうにも迷ってしまいます。 はじめ平尾昌晃は歌手で、デビュー当初は洋物のカバーを中心に…
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しあわせの朝

昭和44年(1969年)にクリフ・リチャードが歌ってヒットさせた曲です。わたしは高校生でした。どうしてこの曲が気に入ったのか今となってはわかりませんが、妹と2人でいい曲だねといって小遣いを出し合って買った覚えがあります。 クリフ・リチャードは声はそれほどいいわけではないと思っていますが、クールでかっこいい印象と曲のよさで売れたのか…
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レッツ・ツイスト・アゲイン

わたしが小学生のころ、ツイストというダンスがはやりました。膝を軽く曲げ手を横に振りながら足をねじるように踊るさまは、おどけた感じで滑稽でもありましたが、形だけはまねしやすいので子ども心にもおもしろがっていたと思います。テレビなどのヒットパレードに出てくる歌手やダンサーがよく踊っていたような気がします。当時どんな曲で踊っていたのか、曲とつ…
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キッスは目にして

どうして「キッスは目」なのかなあと、第一番に思いました。キッスは「目」以外に、「口」「ほお」「おでこ」「手」などいろいろなところにできます。そのなかで特に目にした理由は今でも分かりません。ただし、この作詞は阿木燿子です。意味はわからなくとも、なるほどと思ってしまいます。キャッチーですよね。 ちょっと大げさですが、この曲を聞くと「時…
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ビリーブ

1998年(平成10年)の作品で、シェール最大のヒットです。シェールは夫婦デュオのソニーとシェールの一人です。少し前に『ジャンバラヤ』で取りあげました。その後離婚してソロとして売り出し、この曲で大ヒットを飛ばしました。 シェールはインディアンの血が流れているのだそうで、ちょっと異色の歌手です。シェールの声というのはもともと低く、カ…
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あなたのとりこ

シルヴィー・ヴァルタンは1964年(昭和39年)に『アイドルを探せ』でデビューし、大ヒットしました。その後、わたしの耳から遠ざかっていましたが、この曲で思い出したように再登場してきました。発売されたのは1969年(昭和44年)ですが、ヒットしたのは1970年(45年)とのことです。6年ぶりで、今思えばそれほどの長い期間ではないのですが、…
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明日があるさ

以前にも挙げました。ちょっと別の見方で載せます。 平成12年(2000年)吉本のお笑い芸人で編成されたリ・ジャパンがこの歌を歌ってCMで流され、結構話題になりました。もとは坂本九が昭和38年(1963年)にヒットさせた曲です。これ自体は約40年ぶりのカバーということになります。 実は坂本九のあといろいろな場面でさまざまな歌手によ…
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木綿のハンカチーフ

昭和50年(1975年)に太田裕美が歌ってヒットした曲です。わたしは大学5年を終えて名古屋で働き始めたときです。まだ大学の延長でアルバイトのような気分で仕事に就き、仕事の新鮮さを感じつつも、なんとなく人生の目標が定まらない日々を送っていたような気がします。友達に教えられた名古屋駅の越冬炊き出しにときどき参加したのもこの年だったと思います…
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ジョージー・ガール

1966年(昭和41年)にシーカーズというポップ・グループが歌って大ヒットとなった曲です。(ウィキペディアの日本語版では昭和40年となっていますが、英語版では昭和41年になっています。このずれは何でしょう。)昭和41年というと東京オリンピックの次の年で、ビートルズが初来日しファンを熱狂させた年です。ビートルズはイギリス育ちのグループ、シ…
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ウォンテッド

ピンクレディーは数々の曲を大ヒットさせたスーパーグループでした。メンバーはミーとケイ。昭和51年(1976年)のデビューから昭和56年(1981年)に解散するまでわずか6年でしたが、出す曲が次々とオリコンチャート1位を獲得し続けるほどの人気でした。一時はテレビにピンクレディーが映らない日はないほどでしたし、子どもたちは競うようにその振付…
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情熱の花

この曲は昭和34年(1959年)の作品です。ちょうど伊勢湾台風の年で、わたしの家がほぼ全壊したときです。わたしは小学2年生でした。親戚の家にしばらくやっかいになって、とても音楽どころではありませんでした。ラジオもなかったかもしれず、リアルタイムに聞いていたとは思えませんが、少し遅れてからなのか、よく聞いた気がします。 ザ・ピーナッ…
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